2009年11月16日 (月)

JangSung

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2009年11月15日 (日)

JeJu Camino GuideBook

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2009年11月14日 (土)

木浦2日目

スペインのサンジャックを体験された済州島出身の方が、済州オルレという道を開発された。
サンジャックの黄色い矢印に対し、青い矢印にしたがって歩く道が海岸線に沿って12本設置されている。まだ全島を巡る道にはなっていないし、歴史的遺産とはリンクされてないようだ。
今回その道を歩こうと思って木浦(モッポ)に来た。関心のある方は次のサイトを参照下さい。
済州オルレ Http://www.jejuolle.org/

今日は木浦の地元料理だという足長タコを食べた。チゲにしたものは良く出汁が出ていたが、生きている生タコを割箸にグルグル巻にして食べている人がいた。噛み砕けないので飲み込んでいるのだろうが、あまり美味しいようにも思えなかった。

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Walk9 ウォーク66日目

Walk9

今日はあいにく朝から雨降りであった。昨夜自宅に招いてくれ、竹塩と山で取ったキノコで作ったテンジャンチゲを馳走してくれたキムインスさんが見送りに来てくれた。彼は元大工で今は農事組合の役員をしているが、竹塩やフグの毒を消して良薬にする知識など大変な物知りで、機会があれば再び会いたい人物であった。

昼に、光州事件の慰霊墓地に参り、日本語が話せるボランティアの説明をうけた。犠牲者の多くは十代の若者で、しかも暴動とは何ら関係のない人達であった。残念な事件だが、逆に彼等が民主主義の大切さを後世に教えてくれているようで、かかる体験の無い日本人には、民主主義を堅持する下地の存在に羨ましさを感じてしまった。

さて、対馬に出た時に、済州島でも軍事政権による多くの犠牲者が出たことを知ったが、済州島は巡礼地として欠かせない場所だと参加者の多くが認識しはじめ、18日から一部が済州島を訪ねることになり、我々は加えてもっと広く済州島を歩いてみたいと考え、しばらくウォーク9とは離れることにし、昨日、木浦(モッポ)に来た。

韓国にきて2ケ月が経ち髪の毛がだいぶ伸びてきたので、ヘアーサロンの扉を開けてみた。
韓国人風の頭になるかなと思ったが、意外に上手な美容師さんが切ってくれ納得した髪形であった。
そして夜には銭湯でアカスリを体験。頭や首筋のリンパマッサージがかなり痛かった。

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2009年11月11日 (水)

Walk9 ウォーク64~65日目

Walk9

今日の宿泊先は、小さな町の図書館で、受付付近の椅子に座っていたら、キムチやマッコリを運んでくれていた、少し怖そうな地元の人が話しかけてきた。
その方がキムさんという方で、小さな参加者のポニのお父さんから我々のことを聞いていたようで、言葉が分からないのに話し掛てきて、結局マッコリを3本も開けてしまった。
話題は多岐にわたって、天苻経チョンブキョンやら韓国は世界の心臓で地球上の一番重要なポイントだと話す。
またフグの卵巣を食べると咳が止まり眼も良くなると言い、フグの毒出し方法を説明してくれた。次に竹塩の話題になる。

そして次の日の晩、夕食に招かれた。竹塩で作った味噌をベースに、山にあるキノコのテンジャンチゲは出汁が出て実に美味しかった。
まだ小さい二人のお子さんが可愛かった。

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Walk9 ウォーク64日目

Walk9

日本の警察にピーポ君というマスコットがあるが、これはその韓国版で、やはりピーではじまる単語であったが、忘れてしまった。

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2009年11月10日 (火)

Walk9 63日目

Walk9

韓国の福岡正則と称せられるハンオンシック・ソンセンニンを訪ねたが、住まいと農園は山の中腹にあり、高度500m程の所で、家はバラックのような感じで、面会場は風が吹くと倒れそうなテントの中であった。
ハンオンシック先生は穏やかな表情をされた62歳の方で、言葉には事実の言葉と包まれた言葉があるという話から始まった。

3ケ月放置した米の比較写真を見せてくれ、市販購入したものは腐り、農園で育てた米は醱酵しキノコが生えると、生産方法の違いで生きる生命の形も変わって来ると仰った
そして、17万5千の病気が人間を生かす作用として働いているといい、新型インフルエンザで死ぬというのは、体が病気を受け入れる状態ではなかったからだと言う。治療ではなく治癒という考え方が重要。
朝食は毒で、人間の体温が上がる昼になって食事を取るのが得策。朝食を食べると、消化吸収のサイクルが狂い、消化不良を起こし体に負担を与える。
「正しい生」は共有が図れ、食事を大事にすることにつながり、それは戦争の無い世界の実現と同じだとも言う。
5つの大事なこと
食事、排泄、仕事、睡眠、喜び

農民と云うより思想家だといえる人物だと思った。残念なことに雨が降りだし、途中で話が終わってしまった。

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Walk9 60~62日目

Walk9

釜山の植樹でお世話になった進歩新党の朴さん金さんが立ち寄って下さり、体の回復に良いからと、朝鮮人参とニンニクをそれぞれ何回も蒸して丸薬風にしたものとナツメを煮込んだものを頂いた。
そして、YMCAの平和学校の子供達と一緒に近くの湿地帯公園まで歩いた。
朴さん金さんは我々のことを色々心配して下さったが、昼食後A君の日本へ帰ってからの平和活動についての抱負を聞いて少し安心して帰って行かれた。

翌日のウォークでは、YMCAの校長先生が一部一緒に歩かれたが、歩いている間も休んでいる時も、メンバーに優しい声をかけてくださり、その温かい人格に多くが感銘を受けていた。彼は我々のことも色々聞いているようで、我々の存在がウォーク9にとって意義あるものだとも仰てくれた。

写真は、カナダへ帰るセサンのためにリスクウォーマを一所懸命に編んでいたポニ。

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2009年11月 7日 (土)

Walk9 ウォーク58~59日目

Walk9

iPhoneのメールブログ投稿ソフトezphotomailが文字化けするようになり、頻繁に投稿することができなくなった。写真は参加者の女性が髪の毛を剃った瞬間。

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2009年11月 4日 (水)

Walk9 ウォーク56~57日目

Walk9 ウォーク55?5#6F|
海印寺(ヘインサ)、実相寺とテンプルステイが続いたが、ともにオンドル部屋で乾燥し、とうとう喉を痛めてしまった。そのため昨夜からホテルに退避した。

海印寺では寺院内で笛を吹いたりギターを弾く者がいてひんしゅくを買ってしまい、寺の案内はていよく断られ、磨崖仏だけを見て来た。
また実相寺では、5年間国内を巡礼された道法(トウゴ)上人の話を聞くことができた。要旨は平和と生命についてガンジーに学べと、また平和は目的ではなく過程だと仰っておられた。我々が聞くには内容が深く勿体ない感じの話で、普段ならとうていお会いすることがかなわな方であった。

昨夜は、参加者の一人であるソンイさんの知り合いから夕食を馳走になった上、私に具合いが悪そうだとプラスとマイナスのエネルギーを通すと、ペン先のようなもので手のツボをあちこち当ててくださった。おかげで体は温まり、頭や喉の痛みが消えていた。
いつも韓国の人々のオープンマインドに助けられている日々を過ごしている。

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