« 2007年9月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月19日 (火)

隠れキリシタンの里へ

先日、隠れキリシタンの里を訪ねて来た。 スペインやフランスの現代のカミーノは遺跡探訪や長距離踏破への達成感的要素が色濃い。 ヤコブやアッシジのフランシスコなどの先人の心に触れることは全くないと云える。 その代わり、色々な国の人々と知り合い、その良さやしっくりいかない所を感じながらもカミーノを共時することが出来る。

20080205020 それに反し、長崎周辺のキリシタン殉教地は、歩くことは少ないが、つい100年から200年前の事実であり、棄教しないがために死に至った責めは想像を絶する所作であったと、そこかしこで感じることができる。 十分な食糧を持たず、貧しい日常生活の中で信仰を貫いた、その心根や思いには強烈に感じ入るものであり、サンチャゴ巡礼とは大きく異なる。

 そこで今回巡った長崎巡礼の地をしばらく記しておこうと思う。 まず、長崎駅近くの西坂公園には、1597年豊臣秀吉の命により殉教された26聖人のレリーフがあり、その裏には資料館がある。 その資料館にあったのが、フランシスコ・ザビエルの木彫であり、ここにはこう記されている。 因みに、ザビエルが生まれたハビエル城はフランス道のパンプローナからほど近い所にある。

永遠の巡礼者ザビエル - 17世紀ドイツ製の木彫。 ザビエルがスペインの「サンチャゴの道巡礼者」姿を示す。 神に向かって歩んだ「旅人」ザビエルの心を現している。

明治初年、明治政府によるキリシタン弾圧(廃仏毀釈という言葉あるように仏教界への弾圧もあったようだが詳細不明)が行われたわけだが、3千人にもおよぶ浦上のキリシタンは遠く北陸や中京まで流された。 彼らはそのことを「」と呼んでいたとのこと。

26聖人資料館の入口に、詩篇の一節が掲げられていた。

人間は旅人である。
旅をしながら歴史をつくるが
その旅路は人間を育て
精神的に豊かにする。

すべての旅のうちで
最も優れたもの、それは
神への人の心の旅。

「神よ、私は
あなたを探し求め、
私の魂は
あなたを渇き求める。」
詩篇63.2

人間は永遠性の憧れを持つ
巡礼者である。 そのあこがれは
キリシタン史のはじまりである。

旅=カミーノ(道)。 人生は旅であり道であると、つくづく思うようになった。 道を極めることなんて到底無理なのだが、これからも(意味のある)旅を続け、そして歩き続けたいという気持ちを強くした詩である。

20080205009

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月18日 (月)

カミーノ仲間から動画映像が届く

20080218lulu1 昨年5~6月に、ルピューイ・アン・バレーからサンジャン・ピエド・ポーまでGR65を歩いた時に、後半の一時期同道してくれたフランスのカミーノ仲間から動画映像を収録したDVDが届いた。

何でも撮ろうとレンズの方向をあちこち回すので、目がくらくらするような映像のうえ、解説が全てフランス語なので分かり難いのだが、それでも一緒に歩いた時の状況を思い出させてくれるので楽しい。

彼らは、サンジャンからロンセス・バージェスまでのピレーネ越えをしてから車でサンジャンに戻り、奥さんはそのまま自宅へ帰り、ご主人と弟さんは北の道をサンチャゴに向けて歩いていたのであった。 その北の道の映像もあるのだが、どこがどこだか分からず、次回のカミーノには参考にならないようで、それが少し残念である。

20080218lulu2 彼らがフィニステーレに到着した時、絵葉書を送ってくれたことは、以前の日記に記した。

さて、彼らの息子さんはフランスの大会社に勤務し、現在東京に駐在し、虎ノ門に住んでいるとのこと。 そして、この7月に日本にやって来るとのことである。 息子さんは英語を理解するらしいが、彼らはフランス語だけ。 我々はフランス語を解さないし、英語力もかなり心もとない。 食事をしようと誘われているし、カミーノのお返しの意味でも東京案内などしなければならないであろう。 こちらも東京にいる息子を引っ張り出して、意思疎通の仲介役をしてもらおうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2008年3月 »