2007年6月30日 (土)

ビアリッツへ移動(6/29)

ビアリッツへ移動(6/29)
2度目のカミーノ巡礼が終わりましたが、消息を伝える意味で携帯電話からのエントリーは引き続き行います。
昨日、巡礼事務所が紹介してくれたリフリジオ(=救護所=ジット=アルベリゲ=安宿)でダニの総攻撃を受け、両腕や首がかゆくてたまらない。 かくわけにもいかず、我慢するしかなく、時折熱いシャワーでごまかしている。
今朝、カミーノフランセを歩く人々が発って行きましたが、空は曇天。 ピレーネの峰の先はガスっているようにも見えました。 今日はピレーネ越えを諦めて正解だったかもしれない。

さて、今日はサンチャゴ巡礼の北側ルートの起点であるバイオンヌまで電車で来て、明日までベアリッツで静養します。 静養というと聞こえはいいのですが、飛行機の都合なのです。 ベアリッツは海辺の保養地で、ブランドショップや高級車も目につきます。 不動産屋も多く、窓に貼られた売り物件を見ると1億円を越えるものばかり。 ユ ーロの交換レートを見たら175円と、円は下がる一方。
帰国してからの諸々の請求が気になり、食費は削って、サンドイッチやスーパーで野菜を買ってきての、つつましい食事は今夜も続いています。

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カミーノ2弾35日目(終着)

カミーノ二版35日目(終着)
OstabatからSaint-Jean-de-Pied-de-Portまで 晴
21.0km 31千歩(22km)
GR65を歩き出して初めてではないかと思えるほどの、雲のない快晴の朝であった。 7時に出発したが、朝の気温は10度ほど。 はじめ、車がかなり行き交う車道の右手を平行して山道を歩き、途中からは車道を横切って左側への道となった。 高度は100mほどだが、2回200mの高さまで上がった。 そして12時半にサンジャンの城壁の門に到着。

昨年、コンポステーラに到着した時のような感慨はないが、明日から歩かなくていいと思うと気が楽になる。
当初は、この先、ピレーネ越えをもう一度体験しようと思っていたが、向こう側へ行くと交通手段が難しくなることもあって止め、今日を最終日とした。

さて、終着してしまうと現実問題に直面する。 ジットという安宿は1日しか泊まれないし、サンジャンピエドポーの町に長く居ても意味がない。 当初の予定のロンドン行きの手立てを考えなければいけないのだが、これが大変でツーリスモや駅を行ったり来たり。 結局、旅行代理店があることが分かり、航空便やホテルの予約までしてくれ、全て終わるのに3時間半もかかった。
終わって宿に戻る途中に、若い日本女性に偶然お会いした。 サンチャゴ巡礼を研究テーマに大学院に通われていると、今回は北側のルートを歩かれるとのことであった。 冒険的要素を含むカミ−ノに度々挑戦する姿に敬服した。

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2007年6月28日 (木)

カミーノ2弾34日目

カミーノ二版34日目
AroueからOstabatまで 曇のち小雨のち曇晴
22.0km 32千歩(22km)
今日は1度だけの雨で済んだ。
Olhaibyという所であったか、街道を少しはずれて行くと小さなチャペルがあり見学。 バスク風なのか祭壇の作りが天使が支えているような、これまで見ているものとは異なる作りであった。
次に、高度80mから240mへ一気に上ると、周囲の丘が遠望でき、その尾根の一角に祠があって、ピレーネ山系の説明図などもあったが、明日終着するサンジャンピエドポーは説明からは外れていた。
今日の宿はオスタバ。 農家の脇にあり、これまでで一番蝿が多い。 ここでは蝿がたかることを気にしていたら食事はできない。
明日終着のサンジャンピエドポーの宿は事前の予約が出来ないと、いよいよフランスの旅も終わりだということを示している。 21km歩いて、740kmの全行程が終わることになる。

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2007年6月27日 (水)

カミーノ2弾33日目

カミーノ二版33日目
NavarrenxからAroueまで 雨晴曇交互
19.0km 24千歩(19km)
昨夜の食事には、カナールのコンフィットが出た。 連れ合いは当然食べられず、自分は初体験だと口にしてみたが、塩漬けしてあると辛くて食べられなかった。 こんな物にうま味があるとは到底思えないがフランス人はよく食べていた。
今朝もややゆっくりとしたスタートだった。  しかし、歩きだして30分もしないうちに雨が落ちて来た。 軽い夕立のような感じですぐに止んで、時には日差しも出てくるのだが、それで安心できない。 たちまちの内に空は暗い雲に覆われ再び雨は落ちてくる。 今日は、大木の下や牛の飼葉小屋など4回も避難した。
Lichosという集落であろうか、農家の横に休憩所が作られており、ここで昼食を取ったが、そこにあった備忘録を見たら、昨年8月に日本人が立ち寄られたと二人のお名前の記載があった。
今日のアロウの宿では、パンやパスタなどの食材、更にはビールやワインも販売してくれたが、食事はスープとオムレツにクスクスというわずかなもの。
今日の宿泊者は8名で、夕食後、家内の気功と折り紙教室でちょっとした交流会が出来ました。

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2007年6月26日 (火)

カミーノ2弾32日目

CambarratからNavarrenxまで 雨のち曇
22.0km 34千歩(24km)
宿のお祖母さんが所有するというお城は、残念ながら塀しか見られなかった。
Maslacq(マスラック) の街はかすめるだけで、すぐに畑の中の道になった。 しかし、その後は丘に上ったり谷に降りたりの繰り返し。 その上、雨が降りはじめ風も冷たい。
La Sauvelade(ソーヴラード)の小さなショップで昼食用のパンを買ったが、どれも値段が高く店主の顔付きも悪い。 隣のジットは14Eだとこちらも高い。
Navarrenxは大きな町のようだが、月曜なので閉店している所が多く、明日の食料も買えそうにない。 宿はバルで受付し、少し離れた所にあるが、十分に管理されておらず、台所は食器類も不十分。 そこで今夜は久しぶりにレストランで食事だが、10Eだから何が出るだろうか?

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2007年6月25日 (月)

カミーノ2弾31日目

カミーノ二版31日目
カミーノ二版31日目
PompsからCambarratまで 晴
17km 23千歩(18km)
今日の行程は短いとゆっくり出発したが、日曜日とあってカーレースが開かれているのか、昼頃まで爆音が聞こえていた。
時折、巡礼者に休んで欲しいと、あまり奇麗でない椅子とかテーブルが用意されている所に遭遇することがあるが、今日はちょうど昼時であったので役立つ場所があった。
食事していると、5〜6人の集団が来て休んでいたが、オランダ人で一日20kmを歩き、ウオーキングツアーとして用意されたキャンピングカーに寝泊まりしているとのことであった。
Maslacq(マスラック)手前2kmのCambarrat(カムバラ)という所が今日の宿。 森の中の一軒家という感じで、農家のようだがそうでもなさそうだ。 近くにシャトー(城)があり、ご主人のお祖母さんの持ち物らしい。 奥さんはバスクの織物のデザインを本業にしているらしく、Artigaという商標で日本へも輸出しているとのこと。
息子さんに折り紙を教えたら、すぐに覚えてしまった。 そして息子さんのPCを借りて今日までのブログへのコメントを確認することが出来た。
歩き初めて1ヶ月が経ち、あと84km、いよいよ4日ほどで終着のサンジャンピエドポーに到着できそうです。
写真はArtigaのカタログと、壁にかかった時計で1895(年)と表示されている。

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2007年6月24日 (日)

カミーノ2弾30日目

Miramont-SensacqからPompsまで 晴
32.5km 48千歩(38km)
昨夜の宿は、(部屋を汚すからと)ザックを部屋に持ち込めないだけで、夕食も朝食も満点だった。 これで食事代がドナティボ(ドネーション)なんて信じられない。
飲料水は日本から持って来たペットボトル(こちらのペットボトルや柔でペコペコ)に入れて持ち歩いているが、ポータブルと表示して汲める所もあるし、教会や墓地の脇にも水道があるので、あまり困ることはない。
宿の関係で今日の行程は32km。 昨日より遅い7時出発だったので、夕方4時頃の到着かなと思っていたら、谷を降り丘に昇る道が繰り返し現れて、疲れはたまるばかりでたびたび休んだ。
その上、最後はサインを見失って、再び遠回りをしてしまい5時半にやっと宿に着いた。 38kmは今回初めての長丁場。
宿は集落の体育館の裏にある仮設宿舎のようなもの。 まあ、静かに寝られればどこでもいいのだが、今夜は若い人のパーティーがあるとかで、大音響の音楽がここまで届いている。
宿に、仕事で大阪にいたことがあるという人がいて、フランスの道は宿と食料確保に難しく、スポーツで歩く人ばかりで、スペインのような巡礼の意味は全くないと同意していた。 しかし、コエ−リヨは金儲けをしているときちんと理解している若者にも出会って少し安心した。 日本の若者も風評などでカミーノに来たいと思わないで欲しい。

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2007年6月23日 (土)

カミーノ2弾29日目

カミーノ二版29日目
DubarryからMiramont-Sensacqまで 晴
32.0km 41千歩(28.7km)
今日は長距離だと6時から歩きだしたが、雲って日差しが少なく、風も吹いていたので随分と助かった。
Aire-sur-l'Adourの町に入る手前で左に曲がる表示があるが、貝印に黄色い矢印という新しい表示が直進を示している。 道が二手に分れるのであろう。 赤白サインと兼用しているが、小さいサインなので見落とす可能性がある。
事実、次のMiramont-Sensacqの町に入る際に、この印を見落とし遠回りをしてしまった。 
今回歩き始めの頃は牧場ばかりで、道の両脇には有刺鉄線がありトイレができる場所は少なかった。 現在はトウモロコシなどの畑ばかりなので場所選びの心配はない。
おしっこのことをアメリカ人は「ピー」というが、フランス人は「ピーピー」と言う。
フランス人は食べている人を見ると、「ボナペティー」とよく声をかける。 「美味しく食べてね!」という意味らしいが、これには「メルシー」と応える。 なかなかいい言葉だと思う。
さて、今日までで607.5kmを歩き、あと132kmを残す所まで来た。

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2007年6月22日 (金)

カミーノ2弾28日目

Mancietから手前2.0kmのBarbeからDubarryまで 晴
36千歩(25km)
アベック?、ウイで、今日は、昨夜から同宿したフランス組に同道させてもらった。 しかし、皆の足は早い。 見失わないよう必死に歩いた。
10時、ノガロで食材を調達。 予約してもらったDubarryの集落には2時半頃到着。 農家のような家に入ったが、実際の宿はそこから車で10分ほど。 こんな宿には我々だけでは決して取れない。 ありがたいことだ。 明日も途中宿がないので、33km歩くのだと5時起きして6時前には歩き始めるとのこと。 一番キツイ日になりそうだ。

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カミーノ2弾27日目

カミーノ二版27日目
SeviacからMancietまで 晴
28km 40万歩(28km)
昨夜は、大鼾をかいて寝込んでしまったが、大雨が降ったとのこと。 雨で道が泥道になっているのではという同伴者の勧めで、車の道を歩いたが、方向が今ひとつつかめず、分かる場所に出るまでは必死な歩きであった。
昼、エオーズのバルで休んでいる時に、昨日も会った随分と着飾ったお婆さんの巡礼者が来て、話すとアリゾナか来て歩いている由。 昨年スペインの道を歩いたが、フランスの道は宿が取りにくく、非常に冒険的だとも言っていた。 ご主人は仕事で今は日本へ行っているとのこと。 ご自分も仕事上のサインをしなければならず、一旦中止してツールーズまでバスを利用して帰国する由。
再び宿に向けGR65を歩きだしたが、ツーリスモで紹介された宿は見つからず、たまたま通りかかった車の人に聞くと宿は遠いらしい。 うろうろしている時に、朝別れたフランス組が現れ、結局その人は宿をやっていると、一緒に泊めてもらうことになった。(後で思うに、自分の所へ宿泊させるため、明快な回答をしてくれなかったようだ)
しかし、宿は農家そのもので、これで10Eは高いが仕方ない。 それでも、卵とジャガイモを提供してくれたので、女性はオムレツを作った。 今日はトマトとパンなどの粗食であった。

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