2007年6月30日 (土)

ビアリッツへ移動(6/29)

ビアリッツへ移動(6/29)
2度目のカミーノ巡礼が終わりましたが、消息を伝える意味で携帯電話からのエントリーは引き続き行います。
昨日、巡礼事務所が紹介してくれたリフリジオ(=救護所=ジット=アルベリゲ=安宿)でダニの総攻撃を受け、両腕や首がかゆくてたまらない。 かくわけにもいかず、我慢するしかなく、時折熱いシャワーでごまかしている。
今朝、カミーノフランセを歩く人々が発って行きましたが、空は曇天。 ピレーネの峰の先はガスっているようにも見えました。 今日はピレーネ越えを諦めて正解だったかもしれない。

さて、今日はサンチャゴ巡礼の北側ルートの起点であるバイオンヌまで電車で来て、明日までベアリッツで静養します。 静養というと聞こえはいいのですが、飛行機の都合なのです。 ベアリッツは海辺の保養地で、ブランドショップや高級車も目につきます。 不動産屋も多く、窓に貼られた売り物件を見ると1億円を越えるものばかり。 ユ ーロの交換レートを見たら175円と、円は下がる一方。
帰国してからの諸々の請求が気になり、食費は削って、サンドイッチやスーパーで野菜を買ってきての、つつましい食事は今夜も続いています。

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カミーノ2弾35日目(終着)

カミーノ二版35日目(終着)
OstabatからSaint-Jean-de-Pied-de-Portまで 晴
21.0km 31千歩(22km)
GR65を歩き出して初めてではないかと思えるほどの、雲のない快晴の朝であった。 7時に出発したが、朝の気温は10度ほど。 はじめ、車がかなり行き交う車道の右手を平行して山道を歩き、途中からは車道を横切って左側への道となった。 高度は100mほどだが、2回200mの高さまで上がった。 そして12時半にサンジャンの城壁の門に到着。

昨年、コンポステーラに到着した時のような感慨はないが、明日から歩かなくていいと思うと気が楽になる。
当初は、この先、ピレーネ越えをもう一度体験しようと思っていたが、向こう側へ行くと交通手段が難しくなることもあって止め、今日を最終日とした。

さて、終着してしまうと現実問題に直面する。 ジットという安宿は1日しか泊まれないし、サンジャンピエドポーの町に長く居ても意味がない。 当初の予定のロンドン行きの手立てを考えなければいけないのだが、これが大変でツーリスモや駅を行ったり来たり。 結局、旅行代理店があることが分かり、航空便やホテルの予約までしてくれ、全て終わるのに3時間半もかかった。
終わって宿に戻る途中に、若い日本女性に偶然お会いした。 サンチャゴ巡礼を研究テーマに大学院に通われていると、今回は北側のルートを歩かれるとのことであった。 冒険的要素を含むカミ−ノに度々挑戦する姿に敬服した。

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2007年6月28日 (木)

カミーノ2弾34日目

カミーノ二版34日目
AroueからOstabatまで 曇のち小雨のち曇晴
22.0km 32千歩(22km)
今日は1度だけの雨で済んだ。
Olhaibyという所であったか、街道を少しはずれて行くと小さなチャペルがあり見学。 バスク風なのか祭壇の作りが天使が支えているような、これまで見ているものとは異なる作りであった。
次に、高度80mから240mへ一気に上ると、周囲の丘が遠望でき、その尾根の一角に祠があって、ピレーネ山系の説明図などもあったが、明日終着するサンジャンピエドポーは説明からは外れていた。
今日の宿はオスタバ。 農家の脇にあり、これまでで一番蝿が多い。 ここでは蝿がたかることを気にしていたら食事はできない。
明日終着のサンジャンピエドポーの宿は事前の予約が出来ないと、いよいよフランスの旅も終わりだということを示している。 21km歩いて、740kmの全行程が終わることになる。

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2007年6月27日 (水)

カミーノ2弾33日目

カミーノ二版33日目
NavarrenxからAroueまで 雨晴曇交互
19.0km 24千歩(19km)
昨夜の食事には、カナールのコンフィットが出た。 連れ合いは当然食べられず、自分は初体験だと口にしてみたが、塩漬けしてあると辛くて食べられなかった。 こんな物にうま味があるとは到底思えないがフランス人はよく食べていた。
今朝もややゆっくりとしたスタートだった。  しかし、歩きだして30分もしないうちに雨が落ちて来た。 軽い夕立のような感じですぐに止んで、時には日差しも出てくるのだが、それで安心できない。 たちまちの内に空は暗い雲に覆われ再び雨は落ちてくる。 今日は、大木の下や牛の飼葉小屋など4回も避難した。
Lichosという集落であろうか、農家の横に休憩所が作られており、ここで昼食を取ったが、そこにあった備忘録を見たら、昨年8月に日本人が立ち寄られたと二人のお名前の記載があった。
今日のアロウの宿では、パンやパスタなどの食材、更にはビールやワインも販売してくれたが、食事はスープとオムレツにクスクスというわずかなもの。
今日の宿泊者は8名で、夕食後、家内の気功と折り紙教室でちょっとした交流会が出来ました。

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2007年6月26日 (火)

カミーノ2弾32日目

CambarratからNavarrenxまで 雨のち曇
22.0km 34千歩(24km)
宿のお祖母さんが所有するというお城は、残念ながら塀しか見られなかった。
Maslacq(マスラック) の街はかすめるだけで、すぐに畑の中の道になった。 しかし、その後は丘に上ったり谷に降りたりの繰り返し。 その上、雨が降りはじめ風も冷たい。
La Sauvelade(ソーヴラード)の小さなショップで昼食用のパンを買ったが、どれも値段が高く店主の顔付きも悪い。 隣のジットは14Eだとこちらも高い。
Navarrenxは大きな町のようだが、月曜なので閉店している所が多く、明日の食料も買えそうにない。 宿はバルで受付し、少し離れた所にあるが、十分に管理されておらず、台所は食器類も不十分。 そこで今夜は久しぶりにレストランで食事だが、10Eだから何が出るだろうか?

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2007年6月25日 (月)

カミーノ2弾31日目

カミーノ二版31日目
カミーノ二版31日目
PompsからCambarratまで 晴
17km 23千歩(18km)
今日の行程は短いとゆっくり出発したが、日曜日とあってカーレースが開かれているのか、昼頃まで爆音が聞こえていた。
時折、巡礼者に休んで欲しいと、あまり奇麗でない椅子とかテーブルが用意されている所に遭遇することがあるが、今日はちょうど昼時であったので役立つ場所があった。
食事していると、5〜6人の集団が来て休んでいたが、オランダ人で一日20kmを歩き、ウオーキングツアーとして用意されたキャンピングカーに寝泊まりしているとのことであった。
Maslacq(マスラック)手前2kmのCambarrat(カムバラ)という所が今日の宿。 森の中の一軒家という感じで、農家のようだがそうでもなさそうだ。 近くにシャトー(城)があり、ご主人のお祖母さんの持ち物らしい。 奥さんはバスクの織物のデザインを本業にしているらしく、Artigaという商標で日本へも輸出しているとのこと。
息子さんに折り紙を教えたら、すぐに覚えてしまった。 そして息子さんのPCを借りて今日までのブログへのコメントを確認することが出来た。
歩き初めて1ヶ月が経ち、あと84km、いよいよ4日ほどで終着のサンジャンピエドポーに到着できそうです。
写真はArtigaのカタログと、壁にかかった時計で1895(年)と表示されている。

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2007年6月24日 (日)

カミーノ2弾30日目

Miramont-SensacqからPompsまで 晴
32.5km 48千歩(38km)
昨夜の宿は、(部屋を汚すからと)ザックを部屋に持ち込めないだけで、夕食も朝食も満点だった。 これで食事代がドナティボ(ドネーション)なんて信じられない。
飲料水は日本から持って来たペットボトル(こちらのペットボトルや柔でペコペコ)に入れて持ち歩いているが、ポータブルと表示して汲める所もあるし、教会や墓地の脇にも水道があるので、あまり困ることはない。
宿の関係で今日の行程は32km。 昨日より遅い7時出発だったので、夕方4時頃の到着かなと思っていたら、谷を降り丘に昇る道が繰り返し現れて、疲れはたまるばかりでたびたび休んだ。
その上、最後はサインを見失って、再び遠回りをしてしまい5時半にやっと宿に着いた。 38kmは今回初めての長丁場。
宿は集落の体育館の裏にある仮設宿舎のようなもの。 まあ、静かに寝られればどこでもいいのだが、今夜は若い人のパーティーがあるとかで、大音響の音楽がここまで届いている。
宿に、仕事で大阪にいたことがあるという人がいて、フランスの道は宿と食料確保に難しく、スポーツで歩く人ばかりで、スペインのような巡礼の意味は全くないと同意していた。 しかし、コエ−リヨは金儲けをしているときちんと理解している若者にも出会って少し安心した。 日本の若者も風評などでカミーノに来たいと思わないで欲しい。

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2007年6月23日 (土)

カミーノ2弾29日目

カミーノ二版29日目
DubarryからMiramont-Sensacqまで 晴
32.0km 41千歩(28.7km)
今日は長距離だと6時から歩きだしたが、雲って日差しが少なく、風も吹いていたので随分と助かった。
Aire-sur-l'Adourの町に入る手前で左に曲がる表示があるが、貝印に黄色い矢印という新しい表示が直進を示している。 道が二手に分れるのであろう。 赤白サインと兼用しているが、小さいサインなので見落とす可能性がある。
事実、次のMiramont-Sensacqの町に入る際に、この印を見落とし遠回りをしてしまった。 
今回歩き始めの頃は牧場ばかりで、道の両脇には有刺鉄線がありトイレができる場所は少なかった。 現在はトウモロコシなどの畑ばかりなので場所選びの心配はない。
おしっこのことをアメリカ人は「ピー」というが、フランス人は「ピーピー」と言う。
フランス人は食べている人を見ると、「ボナペティー」とよく声をかける。 「美味しく食べてね!」という意味らしいが、これには「メルシー」と応える。 なかなかいい言葉だと思う。
さて、今日までで607.5kmを歩き、あと132kmを残す所まで来た。

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2007年6月22日 (金)

カミーノ2弾28日目

Mancietから手前2.0kmのBarbeからDubarryまで 晴
36千歩(25km)
アベック?、ウイで、今日は、昨夜から同宿したフランス組に同道させてもらった。 しかし、皆の足は早い。 見失わないよう必死に歩いた。
10時、ノガロで食材を調達。 予約してもらったDubarryの集落には2時半頃到着。 農家のような家に入ったが、実際の宿はそこから車で10分ほど。 こんな宿には我々だけでは決して取れない。 ありがたいことだ。 明日も途中宿がないので、33km歩くのだと5時起きして6時前には歩き始めるとのこと。 一番キツイ日になりそうだ。

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カミーノ2弾27日目

カミーノ二版27日目
SeviacからMancietまで 晴
28km 40万歩(28km)
昨夜は、大鼾をかいて寝込んでしまったが、大雨が降ったとのこと。 雨で道が泥道になっているのではという同伴者の勧めで、車の道を歩いたが、方向が今ひとつつかめず、分かる場所に出るまでは必死な歩きであった。
昼、エオーズのバルで休んでいる時に、昨日も会った随分と着飾ったお婆さんの巡礼者が来て、話すとアリゾナか来て歩いている由。 昨年スペインの道を歩いたが、フランスの道は宿が取りにくく、非常に冒険的だとも言っていた。 ご主人は仕事で今は日本へ行っているとのこと。 ご自分も仕事上のサインをしなければならず、一旦中止してツールーズまでバスを利用して帰国する由。
再び宿に向けGR65を歩きだしたが、ツーリスモで紹介された宿は見つからず、たまたま通りかかった車の人に聞くと宿は遠いらしい。 うろうろしている時に、朝別れたフランス組が現れ、結局その人は宿をやっていると、一緒に泊めてもらうことになった。(後で思うに、自分の所へ宿泊させるため、明快な回答をしてくれなかったようだ)
しかし、宿は農家そのもので、これで10Eは高いが仕方ない。 それでも、卵とジャガイモを提供してくれたので、女性はオムレツを作った。 今日はトマトとパンなどの粗食であった。

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2007年6月20日 (水)

カミーノ2弾26日目

カミーノ二版26日目
CondomからSeviacまで 晴
19km 30千歩(21km)
ホテルで休んだはずだが、車の音が鳴り止まず熟睡できず、その影響か左の背中の筋が痛く、休み休みの歩行となった。 今日の歩行距離は17kmだとたかをくくっていたが、辛い一日。 しかし、あまり日差しは強くならず涼しい風がたびたび吹いており天気としては良かった日であった。
Montreal du Gersの集落は横に長く、町外れが中心地。 予約したジットは、場末のレストランが二階を貸しているという、あまりにもひどく調理場も貸してくれない。
そのため更に2km先のSeviacという所へ向かった。 Seviacは、集落だと思っていたら、ローマ時代という5世紀頃の集落を発掘した場所の展示場で、その一角に宿があった。狭い所だが巡礼者に限っており、宿としては十分だ。
15世紀も前の昔に、風呂や床暖があったとか、モザイク模様のタイルなど発掘したものがそのまま見られる。 閉園した中で、研究員達なのか、何かのイベントの練習なのか、いいハーモニーの歌声が聞こえてきて、隔世された素晴らしい空間となった。
これからのルートは、宿を取りにくい場所が多そうで、一日の行程も長くなりそうだ。

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2007年6月19日 (火)

カミーノ2弾25日目

カミーノ二版25日目
LectoureからCondomまで 晴
30km 43千歩(30km)
レクトゥールの街を出る際に正式ルートを通らずに車道を下ったが、この街が要塞の街であったことがよく分かった。
朝は、やぶ蚊の大群に襲われ、その後は畑の中の変化のない道。
La Romieuの街に入る直前に、イングリッシューデンがあり休憩。 強い日差しに参っていたこともあって、生のジュースがおいしかった。
La Romieuには、工場の煙突とも思えるような巨大な教会があり、ツーリスモへ行くと教会や尖塔の見学に4.9Eも取るというのでやめた。 教会見学も食傷気味になってきた。 ユネスコ遺産らしいコンドーの教会もしかり。
ここからはルートを外れて、車道を歩きコンドーに到着、5km分をショートカット。
昨夜あまり寝れなかったので今日はホテルに宿泊。
道中、ヒマワリ畑でただひとつ向日葵の花を見た。

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2007年6月18日 (月)

カミーノ2弾24日目

AuvillarからMiradouxまで 曇のち雨
17km 30千歩(20km)
昨夜は、最高に良い宿できちんと朝食を取ってしまったため、今朝の出発は8時半と遅い。
道は、舗装路であったり草地であったり林の中であったりで、風景としての面白さは全くなくなった。
コンク、フィジャック、モアサックと歩く人はだんだん少なくなり、今日もすれ違ったのは数人。 目的地のMiradouxに着いたら、昨日電話をしてもらった宿は、一見しただけでじめじめしていて泊れるような所ではないと分かった。 加え、飼い犬2匹が門番をしている。
他に宿がないかとうろうろして、あるシャンブルの扉をたたくが、満室で寝る場所がない。タクシーもなく、そこのご主人が20km先のレクトゥールなら大きい街なので宿はあるだろうと車で送ってくれると言う。 親切な人に出会って、これこそ地獄に仏。
今夜の宿は個人のジットで、昨夜のようなわけにはいかないが、奥さん私用のパソコンを使わせてくれて、ブログのコメントを確認できた。
同宿のフランス人の奥さんは、息子さんが東京の虎ノ門で働いているらしく、こちらが分からないのに盛んにフランス語で話しかけてくる。 今年、息子さんが東京に迎えてくれるらしい。

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2007年6月17日 (日)

カミーノ2弾23日目

カミーノ二版23日目
MoisssacからAuvillarまで
20km 33千歩(23km)
朝7時少し前に出立。 昨日、休んでいるので足取りは軽い。 朝市の準備をしている町中をぬけ、運河の脇の道を進み、やがて離れて高台へと上がって行った。
そこまでは良かったのだが、Boudouからは草地の下り坂で表示は何もない。 谷に下り、左手に曲がった所にやっと表示はあるが、次は泥沼の道。 車道に出るかと思いきや、次に泥で滑り安い上り坂。 Bourdaillesまでわずかな距離の道なのにヒヤヒヤでした。
Malauseからは、再び運河に沿った道で、太いカエデの木がならび、ここも映画に出た場面ではないかと思える道であった。
プレジャーボートが結構動いていて、運河の中で水位を利用して移動する仕組みも目の辺りにした。
Auvillarの街はやや高台にある。 2時に到着した我々は一番のりで、その後は南アフリカから来たという老女だけであった。 狭いながらもよく整った宿で、おかげでワインを含め20Eで夕食を済ませることができた。
食後、一足先に行っているはずのオーストラリアのジョン夫婦に再開。 この街が気に入ったと言っていたが、ジュリーなど50歳台の人達とは一緒には歩けなかったようだ。
写真は今日の夕食。

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2007年6月16日 (土)

カミーノ2弾22日目(モワサックの休日)

カミーノ二版22日目(モワサックの休日)

防寒具など不要なものを日本へ送り返すと同時に、これまで400kmを歩いて来たので今日は休日とした。
ここは大きな街だが、カオールのような騒がしさはなく、図書館の前の広場で叔父さん達がペタンクで遊んでいて、どこかのどかな感じがする。
モアサックの街には、ロマネスク様式のサンピエール教会があり、南玄関のタンパンの彫刻(キリストの再臨)やベネディクト派の修道院があった11世紀の回廊などが見学できる。 英語の説明がないので内容は分からないが、古さを感じる。
映画「サンジャックの道」で見られた回廊はここだなと確認できた。
ツーリスモにCDの展示があったので、モワサックのもので推薦物はないかと聞くが、売り物ではないらしく、近くにある楽器店へ行けと言い、実際に行って見るとCDの在庫はわずか。 それでも2枚買えた。
今日の宿には昨日ほどの宿泊者はいない。 フランス人とわずかにスイス人がいるだけで、英語で通じる人はいなかったので、笑顔は絶やさずもくもくと食べていた。 今夜の料理はパエジャ。 食事付きで28Eを高いという人もいるが、外食は高くつくもの。 料理の内容を見たら安い宿泊費だと思うし、ここは街の中心からも近い。
さて、didをdiedと発音するオーストラリア人は先に行ってしまったし、仲良くなったフランス人はニースへ帰ってしまった。
モワサックから歩く人はさらに減るらしい。 明日から残り300kmを無事に歩き通して行きたい。

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2007年6月15日 (金)

カミーノ2弾21日目

カミーノ二版21日目
LauzerteからMoisssac(モワサック)まで、曇一時晴夜雨
24.5 43千歩(30km)
今日も早起きして出発。 空は雲って歩く草原には、大きな黒いナメクジがあちこに見られた。 そして水はけの悪い道ではやぶ蚊の総攻撃。
11時頃、小雨のあとは暑い日差しに照らされた。 風景に特別の物はないが、コスモスがもう咲いていた。 そしてアジサイの花の色が濃くてきれいだ。 ここ数日ヒマワリ畑を通ることが多い。 まだ花芽はつけていないが、葉が太陽に向かっているのが面白い。
1時過ぎMoisssacの街に入ったが、宿は遠い。
暑さと疲れのためベンチがあるたびに休憩。 それでも2時に宿に到着。 靴の数からかなり早い到着であったようだ。 今回の歩きの中で一番の長丁場の日であった。 一休みしてから町中へ行くが、ここでもインターネットショップはあるものの日本語表示は不可。  息子さんが日本人の女性と結婚するというニ−スに住む、ご夫婦と話ができ、住所を交換することができた。

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2007年6月14日 (木)

カミーノ2弾20日目

カミーノ二版20日目
LascabanesからLauzertまで晴
23.0km 37千歩(25km)
今朝は、あまり暑くならないうちに歩こうと5時起きして6時半に出発。 次の集落で大きな虹が見えたが、雲行きはあまりよくなく、昼には雨が落ちてきた。 しかし、幸いにもひどくならず午後からは逆に暑さが戻って来た。
道は高度300m位を降りたり昇ったりしたが、急峻な所も多い。 今日の目的地のロザルトは、山の上にできたような中世の街で、街中に入るのに坂を昇らざるを得ず、再び大汗をかいた。
到着してからのシャワーとビールは何よりのご馳走。
宿はベッドだけで10E。 中心地には何も店がなく、食事をしようと坂下の新街に降りるが、食事が出来る所は少ない。 口に合わない料理は食べたくないと、7時閉店間際のスーパーへ入り、パスタの材料を買い、ワインを含め今日は一人3Eの夕食となった。
しかし、宿の電熱器は弱く、総体に設備は悪い。

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2007年6月13日 (水)

カミーノ2弾19日目

カミーノ二版19日目
CahorsからLascabanesまで霧のち晴
23.0km 38千歩(26km)
朝7時、ロト川にかかる中世の橋を渡ると、崖を切り崩して作った狭い階段を昇った。 一気に汗が吹き出てきた。 霧のあとは灼熱の太陽。 昨日よりは短いはずだが、暑さもあって、休む回数が多くなかなか歩みが進まない。 ガレキ場を昇り、尾根歩きが続いて、下ると小さな集落に入った。
教会付属の宿だが、我々が最後でフルになり、次に来た人は断られていた。 夕方、教会で巡礼者の会があり、洗足式から始まったが、司式した神父さんはおだやかな感じの人で、昨日見たカオールのカテドラルのよぼよぼして何をしているのか分からない神父とは大違いであった。
食事は鳥肉だが味付けはピカ一。 肉が食べられない人には別の野菜料理を作っており、奥さんは美人だし食卓の回りで遊ぶ子供さんもかわいい。
写真は、毎日昼食代わりに食べている、朝食用シリアルをオコシのように固め、リンゴ味やナシ味にしたもので、軽くて美味しい。

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2007年6月12日 (火)

カミーノ2弾18日目

VaylatsからCahorsまで
26.0km 39千歩(28km)
昨日は、ルートを間違えたので今朝はオーストラリア組と一緒だ。 一緒したおかげで長丁場を歩き通して、カオールの町に2時には到着できた。 道は、林の中の上り下りと、カオールに近づいてからは尾根歩き。 ここは昔、巡礼路の病院があった場所だとか、今はワインとか猫が有名らしいが詳しいことは分からない。 ただ、明朝は15世紀の古い橋を渡るらしい。
ここはルピューイ以来の大都市で車の騒音がうるさい。 宿のPCは日本語表示不可。 久しぶりにインターネットカフェに入り、今日までのコメントを確認。 日本の天気も不順のようですね。 別の所に置いた、自前のブログを公開しているサーバーは停止したまま。  山を写すライブカメラも早晩見られなくなるかも。

さて、お問い合わせの件ですが、初めてのカミーノはスペインのフランスルートをお勧めします。 スペインの場合、ある程度歩くと集落があってバルで休憩が取れるし、先着順ですが、宿(アルベルゲ)のベッドの確保も容易。 アルベルゲがある所にはレストランもほとんどあります。
フランスは、店も何もない2〜3軒の小さな集落ばかり。 宿(ジット)のベッド数は少なく、これから夏休みになるシーズンでは必ず予約が必要となります。 ジットがあってもショップやレストランもない所が多いので、自炊食料を常に頭に入れておく必要があります。
スペインに較べると、インターネットが使える所は極端に少ないです。
ジットには備付の毛布がありますので、ホステルシーツがあれば十分。 但、毛布やベッドはそれほど奇麗でない場合もあります。 キャンプサイトのことは分かりません。
まあ、フランス語会話が出来れば、問題はかなりクリアーできるでしょうが!

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2007年6月11日 (月)

カミーノ2弾17日目

カミーノ二版17日目
LimogneからVaylatsまで
17km 29千歩(20km)
日曜なのでお店は休みかなと思いきや、教会前の広場は朝市の準備中。 昨日心配することはなかった。
ラベンダーの花が咲き始めいい香りをはなっている。 道は林に囲まれた、石ころばかりの道をたんたんと歩くだけで変化がない。
Varaireという集落に入ったがため、ルートを失い、午後からはやや疲れた歩きになった。 結局、Midi-Quercyという別ルートを歩いて来たことが後で分かった。
Valyatsという集落にあるモナスタリー(修道院)には2時に到着。 夫婦だとは思われなかったのか、ダブルの部屋が別々にあてがわれた。 宿の建物は古いが、食事はなかなか良かった。
明日は長丁場なので早く発とうと思っている。 昨日、掲載した写真のうち、「食べる酵素」は「食べる酸素」の間違い。 食べる酵素は今日掲載した日本の物のです。

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2007年6月10日 (日)

カミーノ2弾16日目

カミーノ二版16日目
CajarcからLimogneまで
20.0km 30千歩(21km)
Figeac以降は、朝は霧、9時過ぎると晴れて暑くなる日が続いている。 暑さをさけるためか早い人は6時に出発する人もいる。 今日の行程もあまり変化のない山と畑風景の道を歩いた。 しかも、アップダウンが少なく、2時には次のジットに到着。 昨日の湯が沸かない宿より設備はましなようだが、トイレに便座がない。 慣れてはいるもののやはり不便だ。
夜はオーストラリアから来たという3人組に合流し外食。 ブロークンながらも半分位は通じていたと思う。
写真は、日本から持って来た、食べる酵素と、こちらで買ったアルニカ・モンタナという小さな錠剤。 どれもエネルギーの元になる(らしい)。

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2007年6月 9日 (土)

カミーノ2弾15日目

カミーノ二版15日目
FaycellesからCajarcまで
22.5 39千歩(27km)
霧の中、8時に歩きを始める。 教会前で地元の叔父さんに会い、従兄弟が日本へミショナリーで行っていると、英語で話しかけて来た。 天気はやがて晴れて青空になるが、日差しは強い。 林の中ではさわやかな風が吹くが、日差しをもろに受けると暑い。 昨年スペインで体験した状況と同じであった。
距離はそれほど長くないが上り降りが多い。 目的地の町が眼下に見えたのは3時過ぎ。昨夜が良い思いをし過ぎたと、今夜の宿賃は7Eで、夕食も食料品店で買ったわずかなもの。 胴の回りが何気に小さくなった感じがします。

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2007年6月 8日 (金)

カミーノ2弾14日目

カミーノ二版14日目
曇にち晴FigeacからFaycellesまで
8.5km 15千歩(10km)
今朝は、Figeacで有名なロゼッタストーンの複製品やカテドラルなどを見学したが、博物館は改装中。 他に見聞する物があるか分からず、昼に出発。
おおかたの人は次のCajarcまで30kmを歩いているのだが、我々には少しきついと、8km先のFaycelles止りとした。 予約してもらった宿は、ルートから2km離れた、シャンブルだが自宅の階下の部屋を貸しているもの。
プールもあって、庭からの景観はすばらしく、構造物は何もなく、四六時中小鳥のさえずりが聞こえている。 ご主人は入院中で、久しぶりに話し相手ができたと、女主人は英語が話せて夕食の準備もしてくれている。 初めてエスカルゴを食べた。
しかし、これはたまたま良い宿に行き当たっただけで、昼は写真のような粗食です、念のため。
さて、今日は距離を稼いでいないのに天気は快晴。 明日はどうだろうか。

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2007年6月 7日 (木)

カミーノ2弾13日目

カミーノ二版13日目
Livinghac-le-Haut(リヴィニャック・ル・オー)から Figeacまで
34千歩(24km)
同宿の人達がやっと起きたかなと思うと、皆手際が良く出立して行く。 こちらが出発したのは8時で、空は一面雲でどんよりとしていた。
だんだん歩く風景に変化がなく花も少なく、首から下げたカメラは無用の長物になりつつある。 牛を見たり、泥沼の道をあえぎながら歩くのを繰り返すだけ。
そして2時頃から雷鳴とともに雨が落ちて来た。 3時45分頃、フィジャックの町にはいり、踏切を越えて行くと、昨夕隣のテーブルにいた3人組がこちらに向かって、ホテルに入った。 雨で宿を探すのも大変だと、我々もこのホテルを宿にすることにした。

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2007年6月 6日 (水)

カミーノ2弾12日目

カミーノ二版12日目
ConquesからLivinghac-le-Haut(リヴィニャック・ル・オー)まで
23.5km 37千歩(26km)
深い霧の中、7時45分に石畳の坂を下り、車道を横切って川をわたると林の中の上り坂。 霧でコンクの街中は何も見えず、蒸して汗はとめどもなく出て、汗拭きを絞ると水がたれるほど。
11時頃からやっと晴れて来たと思ったら、日差しが強い。
10時40分頃、小さなサンロッホの教会に来たが、ここのステンドグラスはきれいだ。 息子さんが甲府で仕事をしているというフランス人が話しかけて来た。
Decazeville(デカズヴィル)の街は大きい。 急坂を下り町中に入るが、巡礼ルートは街をかすめる感じで再び上って住宅地へと入って街を離れた。
3時45分Eglise Saint-Rochに到着し水を補給。 教会に入ると静かな音楽が流れており、聖堂の内装もすっきりしていていい。 4時50分今日の宿に到着。

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2007年6月 5日 (火)

カミーノ2弾11日目(Conquesの休日)

カミーノ二版11日目(Conquesの休日)
朝5時起きしてパリへ帰る、大変お世話になったフランスのマダムとムッシュ4人をバス乗り場で見送った。

ザックの荷物を見直し、寝袋など使いそうもないものを日本へ返送。 教会のミュージアムを見学、夜9時からはオルガン演奏を聞いた。

このブログにも以前掲載したが、「コンポステーラへの道」、最後はアニマルズの曲であったか「朝日のあたる家」、なかなか素晴らしい演奏でした。 明日から再び歩き始めます。まだ残り500km、いよいよ二人だけの本格的な旅が始まります。
今日ブログを確認しました。 原田さんはいよいよジュネーブを出発されたことでしょう。 暑い街中、ご自愛のほど!

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カミーノ2弾10日目

Le BattedorからConquesまで、曇のち晴
24km 37千歩(25km)
昨夜の農家民宿は泊まるべきだと思う。 山小屋のようにドアーが、がたぴしで別部屋の人がトイレに起きるとガタガタ、ミシミシ。 戻って来る時、自分の部屋のドアーが開けられるような気がした。 それでも奥さんの笑顔がいい。

Golinhacまでは上りで650mまで、シャンピニオンを探す人にここでも出会った。 草原を上がったり下がったり、後半は舗装路で、最後にコンクへと林の道を降りた。

コンクは、高野山を小さくしたような、谷あいにある大きな教会を中心にした集落で観光地でもある。 この一週間大変にお世話になったマリーローザさん一行とも今日の夕食が最後となりました。

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2007年6月 3日 (日)

カミーノ2弾9日目

カミーノ二版9日目
EstaingからLe Battedouまで
25千歩(17km)
今日は途中で街道を離れてGolinhacという街の手前で宿を取った。 農家民宿だが標高300mに降りてきたものの、未だ山の中で回りに見えるのは、谷の向こうに山があって、所々に集落とはいえない家の形が見えるだけ。
相変わらず野の花は多い。野イチゴも沢山。 アジサイが咲き始めている。
例年ならば気候の良い時期らしいのだが、コルシカ島の山間で遭難者が出るなど、こちらも異常気象が続いているようです。 インターネットをつなぐ環境は全くないし、言葉にも不自由しているが、フランスの田舎は親切だし気持ち良い。 シャンブルの食事はいい。

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カミーノ2弾8日目

カミーノ二版8日目
EspalionからEstaingまで
23千歩(16km)
いよいよ6月になりました。 例年、こちらは良い天気が続く時期のようですが、昨日も今日も雨でした。
ロト川に沿った道は映画で見たような雰囲気がありましたが、町中のためかあまり奇麗な道ではありません。 住宅の一角で叔父さんがサクランボウが沢山実った枝を折ってくれました。 四国巡礼でいう「お接待」なのでしょうか初めての体験でした。
Bessuejouisという所でローマ時代の教会Eglise Saint-Pierreを見ましたが、質素な教会に入ると何かほっとします。
それからの山道が悲惨でした。 水たまりやぬかるみを気にしていたら歩けません。 とにかく転ばないように注意するだけです。
エスタンの街に来ると、まず今はホテルになっている大きなお城が見えて来ました。 現在は有料で見学ができるようですが、我々には縁がないと入りませんでした。

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2007年6月 1日 (金)

カミーノ2弾7日目

カミーノ二版7日目
Saint-Chely-d'AubracからEspalionまで26km
41千歩(28km)
昨夜は林の中の宿に泊まり、今朝は小鳥のさえずりで目を覚ましました。 そして、高度800mから一気に300m台に降りたのですが、今日は一日雨の中の歩きで疲れました。
今日の宿は、Espalion(エスパリョン)の街を見渡せる場所でその分値段も高そうです。
フランスにもトラック野郎はいるようで、派手な装飾をしたトラックに会いました。 その一部の写真が添付ファイルです。

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2007年5月31日 (木)

カミーノ2弾6日目

カミーノ二版6日目
MontgrosからSaint-Chely-d'Aubracまで20.5km
31千歩(22km)
昨夜泊まった宿はラゲッジサービスを利用して歩いている一団が泊まっていた。 彼らは大きい荷物を車で運び、軽装で歩いているのである。
やっと晴れた天気になりました。 近くのナスビナルの町で食料を確保、今日は広い牧草地を歩き200mほど上がって高度1400m近くまで来ましたが、どこまでも緑が続き、気持ち良い歩きでした。
そして下ると、数日前に牛祭が行われたオーブラックの町に入り、ここからは雨の日であれば小川になるような林の中の細い道をどんどん下りました。 石がゴロゴロ、ぬかっていたり、水が流れていたりで、足元ばかりを見ていました。 地中海へそそぐ川の源流だという小川をわたり、高度800mサンシェリーの町に到着。
今日は民家に宿泊。
写真は農夫のモニュメント。 携帯の電波は着ているのですが、メールを送れない地域があります。 この報告も一日遅れになりそうです。

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2007年5月30日 (水)

カミ−ノ2弾5日目

カミ−ノ二版5日目
Aumont-AubracからMontgrosまで

23.5km 37千歩(25.9km)
標高1,050mから降りたり上ったりで、1,234mのMontgrosに着きました。
朝は曇り、午後は晴れ間が出た天気でしたが、相変わらず強く吹く風は冷たく手袋をしての歩き。
集落の温度計は8度をしめしていました。
途中、映画「サンジャックへの道」で岩山で持ち物が重くて捨てる場面や小川の脇を歩く場面がありましたが、その撮影した場所ではないかと思える所を通りました。 また、春の今だけ取れるシャンピニオン(きのこ)を取っている人達に出会いました。 香りがあってオムレツの材料として使うようです。  その写真を撮りましたがきれいに撮れていないようです。

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2007年5月29日 (火)

カミーノ2弾4日目の続き

4日目続き
4日目続き
夕食に出たチ−ズとジヤガイモを合わせたアリゴの調理中と、牛祭の絵葉書からの写真

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カミ−ノ2弾4日目

カミ−ノ二版4日目
LajoからAumont-Aubracまで

25km、37千歩(26km)

昨夜の宿は暖炉が暖かく、外は雨なのに洗濯物が全部乾いていた。 同宿の女性は片言の英語でほとんど通じないが、娘さんが空手を習っていて京都へ行ったことがあるそうだ。 宿の前にあるバルで朝食。 昼食分のパンや果物まで分けてくれた。 田舎の人は親切だ。
Lajoを雨の中9時に出発。 冷たい風が吹きどおしで体感温度は5度程度だろう。 途中の松林の中に枝木を集めて作った避難小屋があった。
全体は茶色だが首回りが黒い牛がいたが、これがオーモントオーブラックという種類の牛とのこと。 昨日、アップした写真はクスクスという食べ物で細かい野菜が入って酸っぱい物。 今日の写真は昨日の祭りの様子を伝える新聞記事で、山へ牛を放牧する時期に行われる祭とのことであった。

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2007年5月28日 (月)

カミ−ノ2弾3日目

カミ−ノ2版3日目
41千歩、28km
昨夜泊まった農家民宿に沢山の旅行者が泊まっていると思ったら、殆どが車で週末を楽しんでいる人であった。
夕食のスープも牛肉のワイン煮のチーズも全てがおいしかった。 宿帳を見たら、カミーノを紹介するサイト(スパスパ)でお名前を知ったオオキさんやタカヒロさんの書き込みが見られて嬉しくなってしまった。 機会があればまた来たいが、Saugues(ソーグ)の町中に入ってポストの先を400m行くのは少し遠い。
今日は960mから1400m近くまで上り、22km歩いてSaint Rochという所まで来て、街道をそれてLajoという町に来た。
昼までは曇って、午後晴れたものの夕方は雨。 明日は祝日で祭り(牛祭)のため、宿はどこも満杯。 たまたま知り合ったフランス人に宿を見つけてもらい、感謝ばかりの毎日だ。

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2007年5月27日 (日)

カミ−ノ2弾2日目

Saint-Privat d'AllierからSauguesへ、

38千歩、26km。

ガイドブックは18kmとなっていたが、今日は大変な行軍でした。 朝8時に出発、高度890mから一気に1000mへと上がると、1200年頃の旧い教会堂と要塞風の建物が絶壁に立つ。 松林を下り、さらに下ると620mのモンストダリエ。 電車の駅もありラフティングの練習をする川面もある。 ここからは1000mまでの上りが続き、上りきってそろそろ目的地かなと思いきや、ゆるやかな上りが続き1150まであがる。 空は雲行きが怪しくなり時折雨が落ちる。 道を間違えたのか車道へ。

そして一気にソーグへおりたが、町中に入るも宿が見つからない。  どうにか4時過ぎに到着したものの大変な一日でした。 ただ、宿泊した所が農家の宿でおいしい夕食を得られたのが幸いでした。 今日の宿泊者は18名。 明日もきつい道ですが、どうにか次の宿も見つかりそうです。

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2007年5月26日 (土)

カミ−ノ2弾1日目

カミ−ノ二版1日目
ルピューイからサンプリバダリエ

40千歩、30km。
いよいよ西方浄土に向けた行脚が始まりました。今朝は5時起きして、高度600mから一気に800mへ上がり、それからはだらだらと1200まで上って、急に850mまで下がる道でした。 案内本では22kmとなっていたのですが、自分の万歩計では30kmと、到着は夕方4時で、昨年の初日に近い感じでした。

朝霧に隠れたルピューイの街がかすかに現れる時や、新緑の道に咲くアマポーラやエルダーフラワーが視界に入ってくると、やはり来て良かったなと思いました。 そして1000mを越えると忘れな草の多いこと。野に咲く花の色は本当にすばらしいです。さわやかな風が吹いて気持ち良い歩きでしたが、初日の距離としては少し長すぎたようです。 昨年も感じたのですが、こちらのガイド本の距離はかなりアバウトで22kmだから大丈夫かなと思っていたのですが、初日としては少し長すぎたようです。

宿の若者がPCのインターネット表示で日本語を可能にしてくれました。コメントも二人で読みました。これまでは無事にやっていますので。ただ明日は雲行きが悪そうで雨具を着て歩くようです。

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